【感想】詠井晴佳『きみからうまれる』 オタクは気持ち悪い
本作のラスト部分である7章を読みながら、ぼくは映画『ゆるキャン△』を思い出していた。
劇場のスクリーンに映る彼女たちは、もはや、性欲によってオタクに鑑賞され、自慰行為のオカズとして対象化され、モノ化されうる《美少女》ではなくなっていた。
dアニメストアで視聴していた、きららアニメの《美少女》の姿はどこにもない。「オシャレ」だの「雰囲気がいい」だの「ゆるキャンはそういうのじゃない」だの言いながら、裏では犬山あおいの円光本でシコり倒すというオタクのあの欺瞞、あの薄っぺらさ。あれこそ求めていたものなのに、映画にはもう、どこにもない。
そこに映っているのは、学園という箱庭世界から卒業し、社会のなかで自立しながら、自らの人生を歩んでいる《人間》の姿だった。社会に出ることのできない無力なオタクには、彼女たちを支配し所有することは、もはや不可能だ。無敵の人のオタクに簡単に騙されてレイプされてしまいそうだったなでしこが、ソロキャン中に複数人に襲われたことがあってもおかしくなさそうだったしまりんが、もう、手の届かないところへ行ってしまった。
置いていかないでくれ。ぼくは、オタクはまだ成熟していない。ぼく一人を置いて、勝手に《人間》にならないでくれ。大人にならないでくれ。成熟しないでくれ。物語の外へ出ないでくれ! 都合のいいオ○ホでいてくれ! ……。
ぼくの場合は『ゆるキャン△』だったけど、多くのオタクにとっては、エヴァの映画(新劇?シン?)がこれに該当するんじゃないかと思う。未履修だから知らないけど、たしか主人公は子供のまま、ヒロインだけ大人になって彼氏とかも作ってる、とかいう「現実」に鬱○起オ○ニーしながら劇場を退出していく、みたいな感じだと仄聞している。
ともかくこれまでのオタク作品は、「成熟し大人になっていく《美少女》に対して、子供のまま取り残される主人公(=オタク)」という構図が強かった気がする。
けれども、それはそのまま男である主人公を主体として、対象化されたヒロインの成熟を云々するという前提、オタク文化が男性主体であるという文脈が暗黙の了解としてあった、それによって成り立っていた物語、のような気がする。
この『きみからうまれる』は、そこの位置関係が逆転していたから、とてもよかった。
本作の主人公とヒロインは、ヤングケアラー、アダルトチルドレンという点でバックボーンが共通している。
幼少期に「子供」でいることができず、「私」という人格を上手く形成できなかったために、周囲の感情や関係性に敏感で、他者からの無償の愛と無条件の肯定を希求して、かつて得ることのできなかった「子供」時代の獲得を目指して歪んでいく。相手に理想を投影し、その夢のなかで未熟な自己を許してもらおうとする存在。
現実のアダチルとどこまで同じか分からないけど、少なくとも作中で描かれる二人はこんな感じ。どう考えても「オタク」の比喩。
作中の、主人公とヒロインの台詞である、
「ここから逃げたい」
とか、
でも――本当はずっと、こうなりたかった。何も考えないでいいよ、と手を引いてくれる女の子に付いていって、日常という名の地獄から守られた場所で、ただひたすらに時間を食いつぶす。
とか、オタクだ~~~という感じ。
そして、そんな二人に対して、《人間》のヒロイン2が言う、
「二人って恋人同士じゃなくて、……お母さんと子供みたい。みきとはもう子供じゃないし、――鈴代さんは、みきとのお母さんじゃないのに」
という台詞。
うわあああ、直球のオタク批判だ~~~~ってなった。
しかも、この台詞を言う女子高生は、作中で「サブカル好き」って設定なんだよね。これはサブカルとオタクの対立というより、令和的価値観の新しいオタクが、ゼロ年代以前の古いオタクたちに説教をしている構図に見える。やめてください!
「いい加減目覚ましなよ」
「変だよ、気持ち悪いよ」
「気持ち悪い」
「吐きそう」
Twitterで毎日のように見ている、令和オタクから老害オタクへの悪口!
うるさい! いいだろキモくて! オタクなんだから! それがオタクだったんだから!
そして、こんな言葉をかけられた主人公とヒロインはどうなるのか?
なんと主人公は、あっさりと成熟(=脱オタク)してしまう。
「もう一度、ちゃんと生まれ変わるから」
「いい加減、ちゃんとする。明日からは学校も行くし、人に迷惑もかけない。今までどおり、みんなが必要としてくれるなら、必要とされたことをちゃんとやる」
ぼくはこのシーンで泣き叫んでしまった。やめろ、成熟するな! ヒロインを、《美少女》を置いて主人公だけ勝手に大人になるな!

「今まで散々寄りかかってて、ごめん。……でも、今度は! 今度は、ちゃんと支え合って、並んで生きていけたらいいなって思う。だから……もう少しだけ、一緒にいてくれないかな」
憬はなにも言わず、少し寂しそうな目をしただけだった。
当たり前だろ。
昨日はなんだか悲しそうな顔をしていて、そのまま別れてしまった。そもそも、最近は常に寄りかかってばかりで、本当のところ失望されていたのかもしれない。
違う。
ヒロインは、主人公が頼りなかったから失望したんじゃない。
主人公が、立派に自立してしまったから、寂しそうな目をしていたに決まっている。
自分はまだ、未成熟なままなのに。《美少女》のままなのに。
一人だけ勝手に、大人になろうとしている。しかも、主人公のまま。
ヒロインは、成熟したらヒロインでなくなってしまうのに、主人公はそうではないらしい。
あまりにひどい、主人公というものの特権性。
ここでは明らかに物語の主体が逆転し、ヒロインがヒロインのまま主体となって主人公を眼差している。
「成熟し大人になっていく《美少女》に対して、子供のまま取り残される主人公」というエヴァ以来? の構図がまるきり入れ替わっている。(マジで適当なことを言っているのではやくエヴァを見ないといけない。)
『きみからうまれる』は、成熟の対象をヒロインから主人公にズラすことで、主人公によって把握し所有されるヒロインという非対称性を打ちやぶり、ヒロインがヒロインのまま――この点で、女主人公とも異なる――主体となって物語を紡ぎ出す契機が描かれていて、とっても面白いと思った。
2巻がある風の終わり方だったけど、もしそうなら、2巻の主人公は憬(ヒロイン)であってほしい。だって主人公はもう成熟してしまったから。未熟な渇望を抱くオタクにこそ、主人公であってほしいから。
だから6・7章はオタクエンタメとしてとても楽しめたんだけど、それまでが正直つまんなかった。個人の関係の話だけで一冊やり通す力が、主人公とヒロインにはなかった気がする。
あと、『推しの子』のあかねみたいな「人物プロファイリング」、本当にしょーもない。言語性IQとかADHDとか、そういうのもうええて。
感想終わり。
以下、読んでる途中のメモ。読書しながらメモ取るの、初めてやってみたけど、思ったより楽しかった。
三章まで
ヤングケアラーのアダルトチルドレンは分かるけど、いまのところそれが主人公に闇を付与する演出以上の意味を持ってない気がする。後半に期待
教室の描写が台詞的で、戯画化されてるのが違和感ある。主人公のナイーブさと噛み合わない
あと「見当違い」って日本語あってる? なんかしっくりこない
他者に理想を投影するというのがまず理解できない 相手は現実の人間だぞ 理想を押し付け他者を異化し対象化する暴力性に無自覚なその神経が嫌だ、けど、これはぼくが「真剣な恋愛」を心底しょーもないと感じることと同根かもしれない
なんか描き方が微妙だな、と思う。 読者目線だとどう考えても胡散臭い女に惹かれてる主人公。まあ分かるんだけど、どこで楽しめばいいのか分からない ヒロインは信用できないし、そんなヒロインに翻弄されてる主人公はしょーもないし。勝手にやってろ感がすごい。ぼくにファム・ファタ適性がないだけ?
これがもし双子の入れ替わりとかだったら本を壁に叩きつけたい。病弱の姉が初恋の人の話を妹に聞かせてて、見得張ってお別れのキスをしたって捏造したとか?
いまどきそんなのをメインに据えられても……。
四章
ああよかった、やっと主人公もヒロインに疑念を抱いてくれた。ここから面白くなりそう。
ああよかった、中盤でネタバラシしてくれるの最高。これがクライマックスだったらどうしようかと思った。てか苗字も違うってことは、本当にただのそっくりさんか、整形?
五章
双子じゃなくて隠し子だったけど、まあだいたい同じ。
『推しの子』のあかねみたいなことし始めてワロタ
「なんて空虚なことをしているんだろう」→自覚があるのは最高 その上でいかに生きるかですから
ヒロインの過去開示。ここで怒りが出てくるタイプの主人公、ダメすぎる それって等身大じゃなくて単に狭量なだけじゃないですか? 他者に期待することと、それが裏切られた時に相手に不満を抱かず、自らの責任として受け止める態度は、両立可能なものだし、そうすべきだと思います 倫理的であれ、ラノベ主人公
ライトノベルが描く「未熟さ」のなかでも、特に嫌いなタイプの未熟さだ 端的に相手のことを考えてない
だからマジで若者の恋愛ってくだらないんだって! 勝手に理想を抱いてそれを裏切られて泣いたり怒ったり、バカじゃないですか 動物ですか
理解してないんだよな、恋愛というものが、「私」と「あなた」の二者の関係であるということを。男とか女とか年の差とか身分とか関係なく、相手を見ろ、「あなた」を見ろよ、まず。
ヒロインは全部自分の事情を話して、それが「空虚」であることまで自覚してるってのに、それに対する主人公の誠意とかっていうのはないんですか? いやまあこれからあるんだろうけど。こういうのは初動が重要だと思うんだよね。
ぼくがなんで主人公を嫌いなのかよく分かった。徹底して「個人」の話しかしてないからだ。未熟な個人の先におのずと現れるはずの「社会」が完全に捨象されているからだ。
根本的に「やるべきことができる」人間として、社会的問題は常にスマートに解決しつつ、ひたすら内面の問題に籠るその姿勢が気にくわない。能力があるのに、あたかもそれがないかのように振舞う それに対して罪悪感を抱けない視野の狭さ
個人の話をしているのに、それが社会につながらない歪さ。ずっと個人間でぐるぐるしてるしょーもなさ。
四季大雅の『バスタブで暮らす』でも思ったわ。なんか生きるの辛いみたいなこと言っておきながら、大学をストレートで卒業しやがって。こっちは特に悩みもないのに、自らの怠惰が原因で留年間近なんですけど? どうしてくれんのこれ。もう端的に「嘘」だから。勝手に幸せになってください。
主人公がヒロインを邪険にするのが本当に無理だ。なんだよ、「騙された」って。ヒロインの話きいてた? どこまでも自分の世界だけなんだよな、こいつ。
・お城に知らない男の子がいた
・SNSでの噂
もしこの二つの情報が今後、ヒロインを露悪の方向へ印象付ける形で開示されるとしたら本当に擁護ができなくなる。今のところ、ヒロインが誠実だという一点で読んでるのに。
「ぼくと憬は本質的に同じかもしれない」云々……それに一番最初に気付けよ! 遅い! やっぱヒロインには好感が持てる。自分を客観視できてるし、ちゃんと罪悪感も抱いたうえで、自分にはこの生き方しかできないと覚悟を決めてる。どっかの情けないエゴイストとは違う。
六章
徹底的にオタクの比喩だな。理想への逃避と、セックスという即物的な現実に対する萎え 現実で裸の女体を見て萎えるの、よく分かる。それってオタクってことだから。
ようやくヒロインに「共感」する主人公 うん、六章はめっちゃいい。オタクと偏愛。
アダルトチルドレン。僕も少なからずそういう面があるから、経験できなかった「子供の頃」を取り返すことで自己喪失の穴を埋めるというのは、とても共感できる主題。
の、はずなのになぜか好きになれない。扱う手つきの問題かも。
母親と息子みたい。分かるけど、その指摘はちょっと遅くない? 少なくとも、憬もまたアダチルだって確認した後にするものじゃないでしょ。「セックスできる母親」を求めてるおたく批判としては機能してるかもしれないけど。
うわああめっちゃ面白い! そっちか! 主人公が社会的にはそこまで苦悩していないこと(内面、個人の話しかしないこと)にずっと疑問だったけど。なるほど、《美少女》を置いてけぼりにして主人公だけ成熟するのか! 逆なのか!
そのパターンめっちゃ面白いな。
ラスト
推しの子でワロタ(二回目)
【感想】少女☆歌劇 レヴュースタァライト(全12話)
実験的に、作品を採点するやつやってみようと思います。ブログの作品感想って採点する文化がある感じします。ブログが活発だった世代じゃないのでよく分からないです。

○基礎点
【80/100】
綺麗な構成でキャラも立ってるので、抽象性を理解できなくても楽しめるようになってて嬉しい
いまさらループを主題にしない嗅覚の鋭さが素晴らしい(しつこくない)
いろいろ変な展開があるのに、根本的には尖ってない
「雰囲気がいい」「考察すると深い」みたいなサブカルぶった作品っぽいのに、エンタメから逃げてないのがカッコいい
○追加点
【+5】黒髪ロングがかわいい
【+10】主席と次席の関係性が好き
【+3】つまり、天堂真矢のような、気高さと表裏一体の愛情が好き
【+5】6話が一話完結の話として面白い
【-10】でもそれ以降香子の出番が少ない
【+5】大場ななのバナナをもぎたい
【-10】声優が棒読み
【+10】でもぼくは気にならなかった
【-5】キリンがちょっとムカつく
【+3】でもこの癇に障る感じが自分たちなのだと受け入れなければいけない
【+5】東京観光好き
【+5】イクニっぽい
【-3】イクニっぽい
【-3】メガネ
【+8】メガネなのにかわいい
【-8】11話がさすがに溜め回すぎる
計【100/100】面白かった!! 劇場版の評判がいいので期待。

Twitter(現X)のファンがウザいので【-50】したいです。
現時点でのマイベスト(ほぼ単巻)ラノベ10
ランキング作っとくのっていいですよ。数か月後に見返すと「なんだこいつ、こんなつまらない作品を入れてやがる、こっちの方がおもしれーよ」みたいな感じで”成長”を実感できるので。
2025年11月8日時点のラノベランキングです。数年後にはこのランキングがすべて更新されてしまうくらい、面白い作品にたくさん出会えていたらいいな。
※一作者につき一作品まで。
10位 四季大雅『わたしはあなたの涙になりたい』
嘘コケと思われるかもしれませんが、どうしても四季大雅を入れたかったんです。ファンかアンチかと問われたらギリギリ後者かもしれませんが、それでも四季大雅が好きです。
四季大雅のラノベを読んでいると、ラノベは別にそんな好きでもないんだろうなってことと、でも小説はめっちゃ好きなんだろうなって雰囲気の二つを味わえます。ラノベオタクはラノベオタクなので「物語、物語」とそればっかりで、その手前にある”小説”にはあまりこだわらない人が多い気がしますが、四季大雅はむしろそっちを大事にしている感じがする。ぼくが四季大雅を好きな理由はだいたいそこらへんです。ようするによく言われてる「一般文芸に行け」ということなんですが。でも宇良々川さんは文芸をやりつつもラノベに寄せてくれてる雰囲気を感じられてうれしかったです。
それで、なんというか、めちゃくちゃ遠慮してる気がするんですよね。もっといろいろ書きたいけど、全体のバランスとか考えてやめちゃってるような。ミリと宇良々川でそれをすごく感じた。もっと書きたいことを書いてほしい。
嫌いなところは繊細な感性がストレートに書かれすぎてるところ。読み始めて三行で胸焼けする。一人称をやめて三人称で書いてほしい、とずっと思ってます。そうしたら過剰な繊細さが上手い具合に抑えられて、しかもその感性は力強いままで、とても読んでいて気持ちのいい文章になる気がする。気がするだけです。
「わた涙」を選んだのは多分いちばん作者の実体験に基づいてそうで感動したから。
あとファンチとかでもなく普通にダメだと思うのはバスタブ。なにあれ。どの層に向けて書いたんだ。
新作待ってます。
9位 からて『マカロン大好きな女の子がどうにかこうにか千年生き続けるお話。』
10選と銘打ったからには10冊選ばないといけなくて、上位8冊はわりとすんなり決まって、10位を四季大雅にするのもすぐに決心ついたんですが、9位が迷いに迷いました。あまりラノベを読んでないせいで心から好きと言える作品が10冊もない。
そういうなかで、ストーリーはそれほどだけど、文章がとても大好きな作品ということで「マカロン」です。ぼくはこういうふわふわしたバカみたいな文章が好きです。内容ではなく文章そのものから、その呼吸からやさしさを感じられる作品が好きです。一部では単に文章力が低いだけだという声もありますが、このノリで物語を書ききれるのは筆力の高さゆえだとぼくは思います。たとえば砕けた口語体で一冊書こうとしても難しい。絶対どこかで説明的な文章が入っちゃう。でもこのラノベにはそういうところがなく、ずっとおなじ調子で最後まで走りきる。それで好きになりました。
8位 江波光則『パニッシュメント』
言わずと知れた学園三部作の、二作目。三部作と言われてるけど、これだけ明らかに毛色が違う気がする。
左翼教師、新興宗教、幼馴染、イジメ、オタク、父殺し。「ゼロネンダイ」が鳴き声のオタクが好きそうな要素てんこもり。正直そこまで語りたいこともありません。三部作のなかでいちばん好きですが、理由はヒロインがかわいいからです。幼馴染最高! その代わり、ほかの二作品と比べて主人公の内面の掘り下げが物足りない気もします。そこは一長一短でしょう。ぼくはこっちの方が好きです。
Twitterで『パニッシュメント』がいちばん好きだと言ったら、ぼくより何倍も読書をしているフォロワーから、むしろ三部作のなかで最も一般文芸にありそうな題材であんまりだったと空リプされて、この人が言うならそうなのかもしれない、としょんぼりしました。もっともっと本を読んで力をつけなくてはならない!
7位 園生凪『友達いらない同盟』
めっちゃ好きなんですけど、マイナー界のメジャーすぎてムカつくのでこの順位です。2巻も「放課後」もバカ面白くて普通に作者が才能あるだけなので特に言うことはありません。もし読んでない人がいたら是非読んでみてください。おすすめです。
頑張って欠点を挙げるとしたら主人公がバスケをやっているところです。ぼくは体育の授業中に運痴特有のへっぴり腰でドリブルしてたら瞬く間に陽キャに蹴散らされた思い出しかないので。
6位 野良うさぎ『幼馴染に陰で都合の良い男呼ばわりされた俺は、好意をリセットして普通に青春を送りたい 1』
https://firecross.jp/hjbunko/product/1758
正直ここからは一位タイなのでどれがどこでもいいんですが、強いて言えばのランキングです。
人と人が分かり合うことの難しさやその大切さや痛みや優しさをあますところなく書ききった感動の名作なのですが、主人公がホワイトルームからの脱走者で、学校では目立たないように全教科のテストで平均点を叩き出したりするところだけは余計です。タイトルにある通り主人公は他者への好意をいつでもリセットできる謎能力を持っているんですが、その上チート持ちで施設から刺客が送られてきたりするのはやりすぎです。ファンタジーを重ねすぎて「他者理解」というせっかくの主題のリアリティが薄くなっているというか、相互理解ポルノじみてしまっているのですが、それはほとんど2巻の話で、1巻はまだそこらへん抑えめなので素直に感動できます。
主人公の剥き出しの一人称から伝わってくる「生きづらさ」と「やさしさ」……とか言うと途端に陳腐になりますが、だいたいそんな感じです。
ちなみに文章ですが、賛否両論というか明らかに否が多く、あまりに幼稚すぎるというのです。これについて、ぼくはあまり自信を持って断言もできないのですが、作者はわざとやってるんじゃないかなぁ、いろいろなものを削ぎ落として、研ぎ澄まされていったがゆえの簡潔さ、みたいなことなんじゃないかなあ、そうだったらいいなあ、と思っています。でも、あの文体だからこそ、あそこまで主人公の痛みや他者への渇望を表現できたんじゃないかとも思うので、その時点でぼくにはどうでもいいことです。
とにかくこの作品が好きです。単巻系ラノベを読み始めて、多分いちばん最初に好きになった作品です。どうやらnot for meが多い作品のようですが、試しに読んでみてください。好きな人はとても好きになれると思います。
5位 中村智紀『埼玉県神統系譜』
ぼくはラノベオタクなので、『阿修羅ガール』より『おにぎりスタッバー』が、森見登美彦より『埼玉県神統系譜』が好きです。
基本的に起伏のないストーリーです。埼玉県のどっかしらで、江戸っ子調のすっとぼけた主人公と無駄に偉そうなかわいらしい神さまと、その他の愉快な仲間たちがほのぼの暮らすだけです。ちょこっとミステリー風味だったりもしますが、特に話のオチもなく最後はみんなで花火を見ながらたまや~とかなんとか言って終わります。神さまがいたりするちょっと不思議な日常が、これからも続いていく。考えなきゃいけないことはたくさんある気がするけど、とりあえず今をめいっぱい生きていこう。終わり。いつの青春小説だよという感じですが、ぼくはこういう普通の日常が淡々と続いていくだけの小説が大好きです。日本の小説って本来そういうもんじゃないか(大きな主語)。雰囲気は開始1ページで掴めると思います。あのノリが最後まで続きます。好きそうなら楽しめると思います。どうぞ。
4位 大澤めぐみ『ひとくいマンイーター』
『おにぎりスタッバー』はよく読まれている印象ですが、たとえば読書メーターの登録数を見てみるとこちらは「おにぎり」の半分以下。続編扱いなので当然といえば当然なのですが、ぼくはどちらかといえばこっちが好きなので、もっと読まれてほしいと思います。
「おにぎり」とは打って変わり、なんだか小難しい哲学的思弁やら過剰な修飾語を用いた描写が続きます。それ自体はまあそうですかという感じで、作品のトリック自体も全く同じ作品を見たことがあるので新鮮な驚きはありませんでしたが、今作はとにかく力強く「生」を肯定しようとする主人公の懸命さに胸を打たれます。胸を打たれるとかいうと安っぽいけど、生きようと思える。そして、生きようと思うのと同じくらい、それと表裏一体である死=「喪」への眼差しを強く感じる作品でもありました。物語は「喪」の語り(これの元ネタってなんなんですか? 西尾維新ですか?)。自己の連続性とか存在とか死とか、それら一つ一つの単語を上手くまとめられているかはともかくとして、生と死の両面をしっかり書きながら最後には生きようとしてくれたというだけで、ぼくはこの作品を好きになってしまいました。
他者がさァ! 優しさがさァ! 生の肯定がさァ! このランキングはだいたいそんな感じです。
3位 遍柳一『平浦ファミリズム』
一位の予定でしたが、作者のインタビュー記事に「学生時代は京都の鴨川沿いを散歩するのが趣味でした」と書かれていたのでこの順位です。エモンガがよ。
他者がさァ! レヴィナスの〈家庭〉と外部性がさァ! 「顔を見ることとは、世界について話すことであ」ってさァ! またそんな感じです。
主人公がハイスぺすぎるのがちょっと気になりました。気持ちよくなるだけの作品ならそれで構わないんですけど、〈他者〉という主題との抱き合わせは悪いように感じるのです。万能人の登場は、他者論を単なる能力主義に陥らせてしまいかねません。それは「他の誰でもないこの私とあなた」という関係においては夾雑物です。でもそんなのが気にならないくらい面白かったので満点です。
ヒロイン(?)がかわいい。ツンツンツンデレ。
2位 鹿路けまり『ぼくの妹は息をしている(仮)』
作者は最近、カクヨムにAIとの対談記事を載せています。ぼくは読んでません。
いろいろ言うべきことはありそうですが、とにかく「萌えの記号」を書くのが上手すぎる。メタラノベはいくつかあって、たとえば草野原々の『これは学園ラブコメです。』が物語主体だったのに比べて、こっちはがっつりキャラクター主体。”話素”とか言って物語の話をずっとしてるけど、記憶のなかに強力に刻み込まれるのは萌えの記号として書かれたキャラクターのかわいらしさ。二人の《美少女》。この二人の《美少女》とやかましい主人公の一人称によって物語は進行し、最後には彼らあるいはわれわれに与えられてある生への祝福に至る。細かいところが雑とか複雑に見せかけて下手くそなだけなんじゃねとか、そういうの全部差し引いても大大大好きな作品です。単巻ラノベとしては随一の出来だと思うけど、これはぼくが、綺麗に積み重ねられ整えられた作品よりも、多少の破綻や穴がある物語の方が、余白が生まれて好きだという趣味の問題も多分にあると感じるので、あまり他人に薦めようとは思いません。そんなことを言いながら、結局みんなこういう話が好きなんだろうという期待も持っています。どうなんでしょうか。
1位 さがら総『変態王子と笑わない猫。6』
1位だけシリーズものって変すぎるけど、こういうランキングでシリーズものって扱いに困るんですよね。ハルヒとかバカテスとか一存とかを入れようと思えばいくらでも入れられるんだけど、でもそれってその巻だけの魅力じゃなくて、積み重ねありきだしな……みたいになって、困る。変猫6巻は、前回で一つの物語が完結して、これから始まる第二部において描かれる主題をひとまず一冊にまとめあげてみたというような、変猫全体のエッセンスの詰まった巻として完成度が高いので、とっても大好きです。副部長もかわいいし。
ぼくはあらゆるラノベ作家のなかでさがら総がいちばん好きなので、はやく復帰して新作を書いてほしい。謎の微エロ漫画とアニメ脚本とラノベの推薦文書くだけの人になって、どっからどう見てもこのままフェードアウトしていく作家の行動でしかないけど、そんなことはないと信じています……。
主人公のモノローグがとにかくお気に入り。教え子もロリフェラトゥも絶版回収ラノベも全部読んだけど、やっぱり一番しっくりくるのはどこか飄々とした僕小説、横寺の一人称です。
ちなみに6巻は(6巻も?)〈他者〉のお話です。
ぼくらはコミュニケーションではどうしたってひとつになれない。
だけど、コミュニケーションしなければ近づくことすらできない。
ひとつになれないことを知りながら、ぼくらは必死に近づき続ける。どんなに分厚い壁が立ちはだかっていても、どんなに遠くで星が瞬いていても、どうしたって近づいていかなくちゃいけない。
この世界はそういうふうにできている。
今読むと多少陳腐というか、他者論のクリシェが目立つというか、そういうことを思わないではないですが。それでも当時中学生だったぼくの心を動かしたのはたしかにこのライトノベルだったし、これらのやさしい文章だけがぼくの出発点です。このブログの一人称が「ぼく」なのも横寺の影響です。素晴らしい作品をありがとうございます。
総評とか感想みたいなのはないです。とにかくこれからもたくさんラノベを読んでいきます。よろしくお願いします。